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東京高等裁判所 昭和31年(行ナ)24号 判決 1957年2月26日

原告 サンビーム、コーポレイシヨン

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、特許庁が同庁昭和二十八年抗告審判第一〇四〇号事件につき昭和三十年十一月二日にした審決を取り消す、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、その請求の原因として、

一、訴外アイバー、ジエブソン(アメリカ合衆国イリノイス州シカゴ市ルーズベルトロード五六〇〇番)は、昭和二十四年四月二十二日に電気乾燥ヒゲ剃り器の発明につき特許庁に特許出願をしたところ、昭和二十七年九月二十九日拒絶査定を受けたので抗告審判の請求をし、同事件は同庁昭和二十八年抗告審判第一〇四〇号事件として審理され、原告は同年八月二十四日右特許を受くるの権利の承継人となり、右出願人名義の変更があつたところ、昭和三十年十一月二日右抗告審判請求は成り立たない旨の審決がされ、右審決書謄本は昭和三十年十一月十九日原告に送達された。

審決はその理由において本願発明の要旨を、

(A)  絶縁性物質にて構成された外函内に収納された電動機は該外函上の多孔彎曲カムプレートに関して切刃の刃先を運動せしめる切刃軸に揺動運動を附与し該カムプレートは使用者の皮膚と接触する如く適合されている形式の電気乾燥ヒゲ剃り器において、

(B)  該外函を前記切刃軸と平行に長く延びる実質的に長方箱形とし、

(C)  更に該外函には彎曲側壁により相互に間隔をおいて平行に配置された一対の実質的に正方形の主壁が設けられ、

(D)  該側壁の広さは該主壁の広さよりも可成り小さくし、

(E)  外函の一端壁は前記多孔彎曲カムプレートを形成する如くし、

(F)  公知の方法に依り該切刃軸に平行に配置された該電動機の回転軸は、

(G)  その一端が該彎曲側壁の一方により形成された凹所中に延出し、

(H)  回転軸の該端は連結桿により前記切刃軸の自由突出端に駆動連結され、

(I)  該連結桿は回転軸の該端と切刃軸の該端との間にまたがり、

(J)  且前記側壁により形成された該凹所内に位置すべくした、

の十項に分解して之を判断の基礎とした上、

前記拒絶査定の「理由中に引用された特許第一二八八五五号明細書には(A)かつ(E)のような電気剃具が明記されており、別の引用例である昭和十二年実用新案出願公告第八七一号公報には(F)(G)(H)(I)かつ(J)のような構成にした伝動機構を有する電動剃刀が明記さている。そして(B)(C)(D)のようにこれ等の諸機構を集約包含させるために外函の形状及び大きさに工夫を加えた点は必要に応じて当業者の容易に工夫し得る程度の単純な設計的考案乃至意匠的考案の域を出でないものと認められる。」

と判定し、本願発明を特許法第一条に規定する特許要件を具備しないものとしている。

二、然しながら審決の判定は次の理由により不当である。即ち、

(イ)  本願発明に於て(A)と(E)とが公知であることはその特許請求の範囲に、「……いる形式の電気ヒゲ剃り器において」と記載してあるから明らかであるが、特許第一二八八五五号明細書に於ては(A)と(E)のみを其の発明構成の要件とするものでないから、部分的に一致点があつても本願発明の新規性を阻却するに足るものではない。

(ロ)  昭和十二年実用新案出願公告第八七一号公報に記載されたものはクランク(5)がモーターの最外輪ベアリングとアーマチユアとの間に配置してあるので分解組立が困難であり、少くとも(H)については該公報に何等記載されておらず、他の点に於いても異なるものである。

(ハ)  (B)(C)(D)が本願発明の最も重要な構成要素であることは本願明細書の全体の記載に徴して明らかに認め得るところであつて、(B)(C)(D)は外形に関するものであるが、このような外形を有するものは従来公知でなく、この外形によつて電気剃り器を左右上下に非常に使い易くしてあり、且つ従来市販されたものより小じんまりと外形を構成してある為掌中に入り、極めて楽に何等の不便もなく、顎下を剃る場合にも容易に取り扱うことができ、従つてその実用上の効果は極めて大であり、且この外形に応じて内部機構の配置を分解組立に便利なように工夫したものであつて、明らかに従来の電気剃り器とは異なるものであり、審決の言うように必要に応じて容易に工夫し得るものではない。

之を要するに本願発明は単なる外形的のものでなく、この外形に応じて内部機構を組立分解に適したように配置したものであるから、部分的の機構が公知であつても、全体として特許法第一条所定の新規な工業的発明に該当するものである。

三、よつて原告は審決の取消を求める為本訴に及んだ。

と述べた。

(立証省略)

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、

原告の請求原因事実中一の事実を認める。

同二の主張は之を争う。即ち、

同二の(イ)の主張につき、審決は本願の電気乾燥ヒゲ剃り器がその全体として新規の発明となるものであるか否かを論ずる前提として引用例特許第一二八八五五号明細書に原告主張の(A)と(E)のようにした電気剃具が明記され、従つて(A)と(E)とが公知であることを指摘したにとどまるのであつて、決して(A)と(E)との部分的一致点があることを理由として右引用例のものと本願のヒゲ剃り器が均等又は類似であるか否かを直接比較して論じたものではないから、審決が部分的一致点がある故を以て本願発明の新規性がないとしたもののように論ずる原告の主張は失当である。

同二の(ロ)の主張について、昭和十二年実用新案出願公告第八七一号公報には「駆動回転軸(3)の一端が、連結桿(6)によつて切刃軸の自由突出端(18)に連結」された機構が明らかに認められるところ、右は即ち原告主張の(H)に外ならないから、右引用例に(H)について記載されてないとする原告の主張は失当である。もし又右引用例では連結桿の設定位置が原告主張のようにモーターの最外端ベアリングとアーマチユアとの間即ち最外端ベアリングの内側に配置してあるとしても、本願発明の要旨が連結桿は最外端ベアリングの外側に設けられたものに限定されるべきであるとするには明細書に充分明確な記載がされてないと考えられるばかりでなく、かりにそれが明確であるとしても、伝動機構の一部である連結桿の設定位置を駆動回転軸の何れの部分に、特にベアリングの内外方の何れに定めるか等は、機械の本質、回転のバランス、分解組立の難易等を考量して設計者が常に選択決定するところ(例えば鍛造機械や空気圧縮機においてベアリングとベアリングの中間位置に、又機関車の第一及び第二の動輪の間や、テコ式自転車においてベアリングの外方位置に等)であつて、単なる設計的差異に過ぎないことが明らかである。

同二の(ハ)の主張につき、審決の説いている通り本願のヒゲ剃り器はそのは内部機構の主要部分たる伝動機構が前記の通り公知であり、少くも内部機構は二つの公知事実を単に寄せ集め単純な設計変更を行つたものに過ぎず、内部機構に於て発明を構成するに足る本質的な工夫改良は存在しないのであつて、原告主張の使い易く分解組立に便利に配置したということも或る特定の外形を選び、之に前記の内部機構を包含させた工夫の結果にすぎず、内部的機構との密接な関連において発明を構成するものとは認められず、単純な設計的考案の域を出ないものである。尚本願のヒゲ剃り器における原告主張の(B)(C)(D)の外形により左右上下に使い易く手中に簡易に把握できるようにしてあると言う点も単なる外形上の特定の型にすぎず、従来のものに比して原告主張のような特段の効果があると言うことも単なる主観的見解にすぎず、之を要するに右外形的特定の型の着想は意匠的考案の域を出ず、又仮に商品的価値の高い実用ある型として実用新案的価値が認められるとしても、その場合に実用新案的考案を構成するか否かは別とし、発明を構成するに足るものと認めることはできない。

之を要するに審決の判断は相当であつて、原告の主張は理由がない。

と述べた。

(立証省略)

理由

原告の請求原因事実中一の事実は被告の認めるところであり、審決に示された本願発明の要旨の(A)乃至(J)の十項目は之を、

(一)外函の形状に関する事項、(B)(C)(D)

(二)  ヒゲ剃り機構に関する事項、(A)(E)(F)(G)(H)(I)(J)

の二種に大別し得るものと解せられる。而して右事項の内(A)及び(E)が本件特許出願当時公知に属していたことは当事者間に争いのないところであり、次に成立に争のない乙第二号証によれば審決の引用例の一たる昭和十二年実用新案出願公告第八七一号公報に示された電気剃刀は中空円筒状の固定外刃(9)に内接した中空円筒状の内刃(14)をして、これら円筒の軸方向における往復運動と、軸を中心とする揺動運動とを、同時に行わせる方式のものであつて、

a、内刃(切刃)の軸と電動機の回転軸とは平行し、

b、この廻転軸の一端は筒状の筐体(1)の彎曲側壁の一方により形成された凹所中に延出し、

c、且回転軸のこの端は連結桿(6)により切刃の一端に突設したピン(18)に駆動連結され、

d、この連結桿は回転軸の前記の端と切刃の前記の端との間にまたがり、

e、且前記側壁により形成された凹所内に位置する、

ようにしたものであることが認められ、之を前記の本願発明の機構と対比すれば、本願のものの(F)乃至(J)は右引用例におけるa乃至eに相当することが認められるから、右(F)乃至(J)の各機構は本願前公知であつたものとしなければならない。

よつて原告主張の審決に対する不服の理由につき審案するに、請求原因二の(イ)の主張につき、前記(A)と(E)とが本件特許出願当時公知に属していたことが当事者間に争のないこと前記の通りであるが、審決は特許第一二八八五五号のみを引用して右(A)及び(E)の点に於て本願発明と右引用特許とが一致していることを理由として本件特許出願を排斥しているのではないこと前記の当事者間に争のない請求原因一に示された審決の説示内容により明らかであるから、本願発明が右引用例と部分的に一致点があつても本願発明の新規性が阻却されるものでないとして審決を非難する右(イ)の主張は失当といわなければならない。

請求原因二の(ロ)の主張につき、前記の(H)の実用新案公報の電気剃刀の機構におけるcとは回転軸の端と切刃又は切刃軸の自由突出端とを連結桿で結んだ伝導機構である点で両者は何等異なるところがなく、又仮に前記(H)に記載されたものが原告の主張するようにクランクとアーマチユアとの間にベアリングを配置したもののみに限定しているとして、この点で引用例のものと異なつているとしても、クランクをベアリングの内方に置くか外方に置くかは設計者が必要に応じて選択決定し得べき設計的差異としか認められず、尚原告が引用例と異なると主張する他の点も同様な設計的差異に過ぎないものと認められるから、原告主張のように分解組立の難易を考慮して本願発明のような配置を採ることに発明的の工夫を要するものとは認めることができない。従つて原告主張の機構上の差異を理由としては審決の判断を不当とし難く、右(ロ)の主張も採用に値しない。

要するに本願発明の前記の機構部分は(A)及び(E)より成る前記公知の電気ヒゲ剃り器に、前記の通り同じく電気剃刀において公知又は公知のものと僅かに設計的差異があるに過ぎない(F)(G)(H)(I)(J)の機構を採り入れたものであつて、之が為格別の効果があるものとは認め難く、右機構部分に於て発明がされたものと解することはできない。

次に原告の請求原因二の(ハ)の主張につき、本件にあらわれたすべての資料に徴しても本願発明のカミ剃り器の前記(B)(C)(D)の外形に原告主張のような実用的効果があるものとは認め難いばかりでなく、このような外形を考案し、且つ之に応じ内部の機構を組立分解に適したように配置することは何人も容易になし得るところであつて、之がため格別発明力を必要とするものとは解されないから、右と異なる見解に立ち、右外形が内部の機構と相俟つて発明を構成するものであるとする右主張も又到底認容することができない。

然らば以上何れの点から見ても本願のヒゲ剃り器は発明たるの要件を欠くものと言うべく審決が本願発明を以て特許法第一条所定の要件を欠くものとして本件特許出願を排斥したのは相当であつて、原告の請求は失当であるから、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

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